
ウフィツィ美術館(フィレンツェでルネサンス!)
ウフィツィ美術館は、世界遺産であるイタリアのフィレンツェ歴史地区に所在。
メディチ家の膨大なコレクションが展示されており、かつてこの地で花開いたルネサンス文化を肌で感じることができます。
チケットを予約しておくと長蛇の列に並ばず入館できますよ。
ウフィツィ美術館について
ウフィツィ美術館(Galleria degli Uffizi )は、イタリア・フィレンツェの中心部、アルノ川にほど近いシニョーリア広場に隣接しています。
この周辺のエリア「フィレンツェの歴史地区」は、このまち一番の観光資源です。1982年には世界遺産に登録されており、ウフィツィ美術館もその一部なんですよ。
建物は年季が入っています。16世紀後期に、この地を治めていたメディチ家の命により行政機関の事務所用途として建てられたものを、現在も活用しているんです。

つまり元来は「お役所」だった訳ですよね。
建物の建築設計・特徴
建築・設計は、当時のメディチ家当主、コジモ一世の厚い庇護を受けていたジョルジョ・ヴァザーリが手掛けています。
ヴァザーリは、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ内のフレスコ画「最後の審判」を描いたことや、近隣にあるヴァザーリの回廊(川に架かる人気観光スポット「ヴェッキオ橋」の上を通っています)を建造したことでも知られています。

建物の仕様は、フィレンツェの街にふさわしいルネサンス様式で、コの字型になっています。内側の中庭部分に美術館への入り口があります。
中庭部分から建物を見渡すと、柱や窓が整然と秩序立てて並んでいて、言われてみると確かに行政関係の建物といった感じがしないでもありません。
メディチ家の存在なくして語れません
この美術館を語る上で絶対に外せないのがメディチ家の存在です。
館内に所蔵されている「膨大な数で、なおかつ質の高いコレクション」は全て、メディチ家の人たちによって集められたものなんです。
ウッフィーツィ美術館というと、イタリアのみならず世界でも有数の美術館ですが、そのコレクションが、大富豪だったとは言え一族の「私的なものだった」というのは、やっぱり驚きですよね。
メディチ家は15世紀から18世紀の間、フィレンツェを治めていた一族で、もともとは薬問屋ないしは医師だったのではないか、と云われています。
14世紀後期、家業として興した銀行が、ローマ教皇庁が顧客になるなどして大成功すると、今度は商社も営むようになり、とんでもない富を築き上げました。一族を隆盛に導いた最大の立役者は、ジョヴァンニ・ディ・ビッチでした。
さらに、1434年に政治家としても成功したコジモ・デ・メディチがフィレンツェの実権を握るようになり勢力を拡大するものの、その後、銀行の破たん・失脚・フィレンツェからの一時撤退など、一族は繰り返し苦難を味わうこととなります。
しかし幾度となく復権を果たし、ついに1569年には、コジモ1世がフィレンツェを含むトスカーナ公国の君主(大公)にまで上り詰めたのでした。
元々、一般庶民(商人)だった一家が、数世紀を経て当時イタリアでかなり勢いのあったトスカーナ公国の君主になるなんて、もの凄い、波乱万丈のサクセスストーリーですよね。
芸術家たちの最大の支援者でした
メディチ家が、トスカーナ地方はおろかヨーロッパ中で隆盛を誇っていた時代に、フィレンツェで巻き起こった芸術運動が、ルネサンス。
そして、芸術を愛好したメディチ家の当主たちは莫大な資金で芸術家たちを支援し、ルネッサンス文化が大きく花開く手助けをしたといってもいいくらいなんです。
ボッティチェリ、レオナルドダヴィンチ、ミケランジェロ、ヴァザーリ・・・
こんな誰もが知っているネッサンスを代表する華々しい芸術家たちも、メディチ家が支援者(パトロン)として支えていたのです。
なぜ美術館ができたの?
メディチ家の「個人的な財産」だった芸術品の数々が、どうして「ウフィーツィ美術館」として一般に開放されるようになったのでしょう?
その答えのカギは、アンナ・マリーア・ルイ―ザ・デ・メディチという女性にあります。
彼女は、メディチ家の末裔…最後の一人です。1743年に彼女が亡くなった際、その遺言によってメディチ家の膨大な数の芸術品の全ては、当時の統治国であったトスカーナ公国に寄付されることになりました。
ボッティチェリやラファエロそれにレオナルドダヴィンチといった巨匠たちの、総額で一体どれくらいの価値になるのか想像もつかないくらいのコレクションを全部国に寄付するなんて、私たちからすれば、ほんと随分と太っ腹な話です。
但しそれには、次の2つの条件の履行があったとされています。
- 寄付するメディチ家の芸術品をフィレンツェから持ち出さないこと。
- コレクションを一般に公開すること。
かくして、質・量共に世界でも有数のウフィツィ美術館が、フィレンツェに誕生することに至ったのでした。
メディチ家の血は途絶えたものの、当家の栄華・栄光は、今でもこの美術館と共に語り継がれているのですね。
フィレンツェでルネサンス!見学・鑑賞


私がフィレンツェのウフィツィ美術館を見学したのは数年前の春の頃。建物の内部はさすが16世紀に建てられただけあって、歴史を感じる奥ゆかしい雰囲気でした。
外観がルネッサンス様式ならば、館内に展示されている作品もルネッサンス期の傑作揃いです。
カトリックの世界で安定しつつも停滞していた文化は、ルネサンスの勃興によって、「人間賛歌主義的」な古代ギリシャや古代ローマ文化に回帰することで多様性を取り戻し、華々しく再生したとされています。
その中心地となったフィレンツェの街、そしてルネサンス期の芸術作品からは、新しい文化が一気に花開いた時の息吹やみずみずしさを感じ取る事ができるような気がします。
ウフィツィ美術館の目玉でもある、ボッティチェリの『春』や『ヴィーナスの誕生』は、そんなルネサンスの華やかさや美しさを体現している代表的な作品のように思えました。
その他にも、にはレオナルド・ダヴィンチの『受胎告知』や、ラファエロの『ひわの聖母』など、それこそ美術の教科書に載っているような、大メジャーな「一度は見ておきたい、見逃せない」絵画が目白押し。

何度ため息を漏らしたことでしょう。
私は、午後よりウフィツィ美術館に入館して、夕刻の閉館時間頃まで丸々鑑賞に充てると決め、ゆったりと見て回っていたのですが、だいたい2時間半~3時間くらいで周れました。
チケットは事前に予約しました
この美術館はフィレンツェでも超人気の観光スポットなので、夏場の観光シーズンなどは、かなり並ばないと入館出来ません。
平素より、テーマパークの人気アトラクションや話題のレストラン、カフェなどで「並び慣れている人」は、多少の時間は待たされても平気かもしれません。とは言え、タイトなスケジュールで海外旅行する場合は、少しでもロスタイムを減らしたいですよね。
スムーズに入館するためには、事前にチケットを予約する方法があります。時間を指定して、予約者専用の入口から優先的に入ることが可能です。但し、正規の入場料に加えて、「手数料4ユーロ」がかかってしまいます。

生来ケチな上に貧乏旅行だった私は、4ユーロ払うか並ぶかで悩みました。結局、時間はお金に変えられないと考え予約しました。
私がフィレンツェに行った時は、びっくりするほどの混雑はありませんでしたが、観光シーズンたけなわの頃に見学する際は、事前に予約しておかないと、相応の時間、長蛇の列に並ぶことを覚悟しないといけないと思います。
この話題について、宿泊していたホステルの食堂で、他の宿泊者の人たちと会話をしました。おそらく皆さん、私と同様に「リーズナブル第一の質素な旅行者」だったかと思うのですが、事前にチケットを予約した人と、予約なしで入館者の行列に30分ほど並んだ人の割合は、だいたい半々くらいでした。
チケット予約について、私は、美術館のすぐ近くにある予約用の窓口に直接出向いて手続きをしました。支払いは現金で行いました。
- また、たとえば次のやり方も考えられます。
-
- ネット(予約サイト等の利用)
- 旅行会社、宿泊ホテルよりの手配
- 電話をする(予約センターへ)
- 留意すべき事柄
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- サイトから予約する場合、送られてきたメールをプリントアウトして予約窓口でチケットと引き換えます。
- すべての旅行会社や宿泊ホテルが予約代行を実施しているのではありません。
- 別途手数料が必要となる場合があります。金額は入場料と同等かそれ以上を想定しておくべきでしょう。
- 現地では、イタリア語か英語での手続きとなるでしょう。電話予約の際も同様です。
私は、たまたま現地でスムーズに予約出来ましたが、時には希望通りの予約が取れない事もあるそうです。
あまり旅慣れていない方や、現地であたふたしたくない方、あらかじめ観光の計画をしっかりと立てておきたい場合などは、フィレンツェに着いてから対処するのではなく、旅行前(日本に居る時)に予約を済ませておいたほうが無難でしょう。
入館情報
項目 | 概要 |
---|---|
周辺環境 | フィレンツェの歴史地区。シニョーリア広場に隣接。アルノ川(ヴェッキオ橋)のすぐ近くです。 |
開館時間 | 平日08:15~18:50(火~日曜日) ※閉館2時間前には入館が必要です。 |
入館料 | 現地購入の場合 ※特別展の鑑賞時には別途要。 |
日本語の音声ガイド | 有り(機器レンタル料6ユーロ) |
チケット予約 | 有り(手数料4ユーロ) ※18歳未満にも適用されます。 |
写真撮影 | 2020.1現在、基本的に館内撮影は可能のようです。 |
備考 | 割と頻繁に料金等の改定が実施されている模様です。 |
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By Ansun (Updated by Asatsuki)